ep.03 花と別れとシダレザクラ 04 (下書き)
JUGEMテーマ:自作小説

 04. 花と別れとシダレザクラ


 鉢植えの下から現れたされこうべが虚ろな眼窩をこちらに向けている。
 柚紀は動転のあまり後ずさって、何もできずその頭蓋骨と睨みあっていた。
 なぜそこにそんなものが埋められていたか皆目見当もつかない上に、気味が悪い事この上ない。本物だとすれば悪意を感じる。
 鉢を割る直前の自分の行動をリセットして、何もかも見なかったこと、無かったことにしたい。
 そう願ってみたところでこれは現実であるらしく、割れた鉢植えから見上げてくる頭蓋骨は消えはしないのだ。

 「おい、荷台から花を降ろし終わったぞ。何やってるんだ?」

 後ろから声が掛かって、柚紀は釘づけになっていた視線を何とか動かして、振り返った。怪訝な顔をした對駆に「あれ」と震える声で告げる。
 疑問符を浮かべた對駆は柚紀を通り越して割れた鉢が散乱する地面を見て、真剣な顔になった。

 「・・・悪趣味だな。」

 一言だけそう呟くと、「ちょっと待ってろ」と言い置いて引き返す。残された柚紀は割れた鉢のほうを見ないようにして扉の影に寄りかかった。
 ほどなくして對駆が檸威を伴って戻ってきた。父親としても店主としても普段頼りない檸威だが、割れた鉢植えの中から現れた頭蓋骨と思しき物体を見ても騒がず、久しぶりに責任者としての顔つきを見せた。

 「柚紀君、細川さんに連絡を取って、細川さん経由で警察に来てもらって。
  僕がここにいるから、對駆君店のほうを頼んだよ。」

 てきぱきと指示を出し、動揺している柚紀を現場から遠ざける。
 柚紀としても気分を落ちつけたかったので素直に指示に従い、家に戻ると電話を掛けた。
 細川というのは杏の姓で、檸威が「細川さん」と呼ぶときは大体、杏の父親の方を指している。神宮寺で敷地内に墓地もある杏の家の父親なので、何かしら警察との繋がりを持っているらしい。電話を掛けると運よく在宅していた杏の父親と電話で話すことができた。杏の父親は突然で突拍子もない此方の話を疑うこともなく、横やりを入れることも無かった。
 簡単に段取りを打ち合わせると電話を切り、柚紀は店に出て店内の奥に置いた椅子にへたりこむ。
 幸いなことに店内に客の姿はなく、いつもからかってくる對駆は何も言わない。
 しばらく椅子の背で項垂れていた柚紀だが、沈黙に耐えきれなくなって、相方に話しかけた。

 「・・・なあ」
 「なんだ?」
 「あの、鉢植えを置いて行った客、知ってたと思うか」

 目的語のない問だったが、相方には正しく伝わっている自信があった。
 少し頭を上げて番台を見ると、番台下の小さな椅子に踏ん反り返って腕組みをしている相方は少し考え込んでいるようだった。ややあって此方と目線を合わせてくる。

 「いや、知らなかっただろうな」
 「俺もそう思う。虫がどうこう言ってただけだし。」
 「だが良くないものだとは感じていたみたいだな、ここへ持ってくるくらいだ。」

 その言葉に柚紀は思い出した。
 そもそも問題の鉢植えを受け取ってしまったのは、コイツではないか。
 受け取るまいと必死だったのに、あっさり肉につられてほいほい受け取ってしまったのだ。

 「そうだよ、お前が受け取らなきゃ、こんな目に合わなかったんだ!」
 「は?逆恨みか?あの唐揚げは中々うまかったぞ。」
 「俺は食べてないし!」
 「悪かったな。次からはちゃんとお前の分も取っておいてやるよ。」

 慈愛の色を浮かべて言う對駆だが、そもそも論点が食い違っている。
 反省の色もない相方に柚紀は徒労を憶えた。



 暫くそうして男二人ぼうっと店番をしていたところ、店の裏手のほうに車が止まった音と複数の人の声が聞こえてきた。
 ああ警察がきたのかなと柚紀が考えていると、どかどか足音が聞こえてきて、店と自宅を繋ぐ裏の戸がバンと開いた。お客様がいなくてよかった。目立たぬように衝立やら番台でそれとなく隠している戸を思い切り目立つように引き開いたのは、柚紀の幼馴染だった。

 「柚紀!!」

 おまけに大声で叫んでくれる。
 辟易しながら振り返る。横目でちらりと確認すると居候狼はそっぽを向いて席を立つところだった。こいつは口うるさい女性が苦手らしい。
 幼馴染の杏はこちらの反応は一顧だにせず、ずかずか店に入ってきた。

 「ちょっと、この店で人死にがあったなんて本当!?」
 「縁起が悪いことをいうな、誰も死んでないって」
 「え?お父さんがお経あげにいくっていうから来たんだけど。
  あの目つき悪いバイトがついに事件を起こしたんだとばっかり!」
 「だから誰も死んでないって」

 遠くの方で「勝手に俺を殺人犯にするな。そもそも人肉は旨くない。」というささやかな抗議が聞こえたが、遠くなので誰も相手にしなかった。
 入ってきた杏は勝手知ったるとばかりにディスプレイ用の椅子から主役の花鉢を引き摺り下ろしてどっかり座る。向き合って柚紀は嘆息した。

 「うちで預かった荷物に、なんでか人骨が入ってたんだよ」
 「ひと昔前の何とか殺人事件みたいね。他にも見つかったりして。」
 「やめてくれ、あんなもんもう見たくない。」

 心底嫌そうに言うと、杏はこちらが参っていることに気付いたのか、少しからかう様子を潜めた。

 「そんなに酷かったの?」
 「いや、別に。でもあんなとこからあんなもん出てくるなんて普通思わないだろ。」
 「どっから出てきたの?」

 問われて柚紀はどう答えるか迷った。説明するのは簡単だが、状況が特殊なだけに杏を事件に巻き込むかもしれない。それに仮にも女性の杏を怖がらせるような話をしたくない。杏は大丈夫だと言うかもしれないが、柚紀の理性と良心が駄目だと言うのだ。

 「ん〜。警察に黙ってろって言われるかもしれないから俺の口からはちょっと」

 などと誤魔化すと杏はぶーと口を尖らせた。「ちょっとくらいいいじゃない柚紀の馬鹿」などと一頻り文句を言って最後に「いいもん、いっちゃんに聞くし」で終わった。警察に知己がいるらしい自分の彼氏を問い詰めるつもりなのだろう。後で責められる一郎を思って、柚紀は心の中で合掌した。ごめん一郎、骨は拾ってやるから。いや、もう骨は見たくないんだった。

 「それにしても荷物がどこから来たのか気になるんだよなぁ。
  お客様から預かったんだけど、あのおばちゃん達は何も知らなそうだったし。」
 「ダメだよ、柚紀。」

 話の向き先を変えようとして、しかし自分が今気になっていることが頭から離れず、結局先ほどの事件のことを口にした柚紀に、杏は先ほどと違う真剣な面持ちで駄目だしをした。

 「あんたこんなことに関わっている暇あるの?ただでさえ単位ヤバイんでしょ。」
 「けど」
 「そろそろどうするか決めないと本気で駄目だよ。
  この店継いで花屋やってりゃいいならこのままでもいいけどさ。
  就職するなら単位は落とせないし、院に進学するならもっと勉強するべきよ?」
 「そりゃ分かってるけどさぁ」
 「分かってない!!」

 いきなり激昂して番台を叩く杏に柚紀は思わず姿勢を正した。

 「いっつもそうやってヘラヘラして、周りに流されてばっかり!
  あんたも結局親子なのよ、あのおじさんに似てる。
  優しいのはいいけど、決められないし何もできない。そんなんじゃいつまで経っても・・」
 「杏」

 柚紀が出した低い声に、杏ははっとして途中で言葉を止めた。言い過ぎたと気付いたようだ。
 一方の柚紀は苦い気持ちを噛み締めていた。
 父親と比較されて、つい気が立ってしまった。炊事洗濯も店の仕事も不器用な父親に育てられた柚紀は、自分は出来ない父親と違って何でも出来る用になろうと必死だった。ヘラヘラとして、時にふらっと気ままに旅行に出てしまう父親を羨ましく思い、裏腹に軽蔑し、どうしようもないと家族だからと許容してきた。そんな複雑な思いの隙を杏は見事に突いたのだ。

 「とにかく、単位もほどほどに取るようにしたほうがいいから。
  事件は警察に任せておいたら。」
 「ああ。」

 消沈した柚紀の様子に、言い過ぎたとは思いつつも言った言葉は取り戻せない。杏は言うだけ言うと席を立った。
 彼女が戸の奥に消えると途端に店が静かになった。
 癒し系のBGMが流れる店内に、ただ柚紀の溜息だけが響く。
 と、そこに店の外で花を整理していたらしい對駆が入ってきた。

 「あの女は出て行ったのか?」
 「うん。」

 よほど彼女と同じ空間に居たくなかったらしい。返事を聞いた對駆はさっさと店内に戻ってくると、杏の座っていた席の上に、降ろされていた花鉢を置き直した。
 そして自分は別の簡易椅子を棚から出して、杏が入ってくる前と同じに踏ん反りかえる。
 その様子に柚紀は少し苦笑した。

 「どうした?」
 
 ちらとこちらの顔を見た對駆は眉を顰めた。
 どうした、と聞かれて、何か顔についているかなと考えていた柚紀は続いた言葉に吃驚した。

 「浮かない顔をしているが、あの女になにか言われたのか?」
 「・・・お前に気遣いできる能力があったなんて・・・。」
 「喧嘩を売ってるのか?」

 口を開けば好物の肉のことか、食べ物の文句のことか、嫌がらせのような言葉しか言わないイメージだったのだ。だが思い出してみればこの居候は情を知らない訳では無かった。意外に気遣いができても、常に剣呑な雰囲気でそうと見えないだけで。

 「さっき杏に親父に似てるって言われてさ〜。
  そんなに似てるかな?」

 冗談交じりにそう聞いてみると、對駆は何の気負いもなく「そんなことか」と言った。

 「親子なのだから似ていない訳がないだろう。」
 「・・・・・だよな〜。」

 何を期待していたんだろう。
 特に何の含みもなく言い返されて、柚紀は秘かにがっかりした。おそらく似ていないと言われても嬉しくなかっただろうけれど、似ていると言われると今は少し気に障る。

 「俺、変わったほうがいいのかな〜」

 例えば一郎のように勉強ができて仕事もできる見るからに選ばれた人種、あるいは尊敬する大学の教授のような社会的に意義のある職種、あるいはそれらを目指す多くの学生と同じように、必死に就職活動をしたり勉強してみたりすれば、何かが変わるのだろうか。
 花屋を継がなかったら親父は気に病むだろうか。いや、ちょっと笑って「柚紀君のしたいことをしたらいいよ」と言うと思う。いつも通りヘラヘラと笑いながら、少し寂しそうに。
 あれこれ想像をしていると、隣で對駆がぼそりと呟くのが聞こえた。

 「・・・俺は変わらなくて良いと思うがな。」

 聞き間違いかと目をぱちくりしていると、カランと来客の音がしたので即座に接客モードに切り換える。それきり接客に集中していたので、この話題は何と無く流れてしまった。結構大事なことを聞いた気がするのだが、もう一度聞けることでもなくて。
 この言葉を思い出すのはずっと後のことだった。





======================================================
 ※上記は下書きの一部です。きちんと推敲したものは後程サイトに掲載します。
  本公開した物語はブログから順次降ろしています。
文章 18:16 comments(0) trackbacks(0)
ep.03 花と別れとシダレザクラ 03 (下書き)
JUGEMテーマ:自作小説
 
03. 花と別れとシダレザクラ


 なんの気なしにカップの中のコーヒーをゆらゆら揺らしていると、風に吹かれて飛んできた薄いピンクの花びらがはらりと水面に着地した。風流なこともあるものだなと思って、柚紀はカップに口をつけず、そのままトレーに丁寧にカップを置いた。花びらはカップの中心あたりに流れて漂っている。

 ここは大学の構内にあるカフェテリアだ。
 昼休みの時間を過ぎて学生の姿はまばらになっている。この時間にカフェにいるのは、講義を入れていない学生か、運よく講義が休講になった学生か、あるいは友達に代弁を頼んでこっそり講義を抜け出したほんの一握りの学生達である。午睡をむさぼるよう机につっぷしている者もいて、カフェテリアには穏やかな時間が流れていた。つい先ほどまで昼食を求める学生でごった返していた有様が想像もできない暢気な様子だ。
 何の気なしにカップをゆらゆら揺らして花びらの動きを眺めていると、水面に影が差した。
 顔を上げると背の高い男子学生がこちらを覗き込んでいる。
 彼が待ち人である、友人の一郎だった。

 「待たせたか?」
 「別に。」

 短く答えてトレーを自分の前に寄せると、荷物を置いて対面に一郎が座る。その手に分厚いシラバスを見つけて、柚紀は顔を顰めた。そういえば、まだ受講する講義を決めていなかったのだった。
 その表情を素早く見て取ったのか友人は口の端をちょっと上げて笑みを作る。

 「なんだ、まだ迷ってるのか?
  迷ってるならこんなところにいないで、手当たり次第一回目の講義を聞いて来ればいい。
  楽に単位を取れる講義かは聞いてみないと分からないぞ。」

 きっと目の前の友人は単位を取り落して焦るということが無いのだろう。何事もスマートに決めて、さっさと受講申込書類を提出していそうだ。そもそも必須単位も取得し終わっていることだろう。
 それに比べ、自分は花屋の仕事を手伝い、家事にかまけて、気が付いたときには単位を取りこぼしている。ゼミの教授には家の事情を説明しているが、それでも赦して貰う限度というものがある。そろそろ今期は最低限の単位だけでも逃さないように計画しなければならない。
 他人事のように笑っている一郎に、唇を尖らせて言い返す。

 「誘ったのはそっちだろ。いいぜ、ご助言に従って講義に行こうか?」
 「いや、いてくれ。いつも貴重な時間をすまないな。」

 笑みをすぐさまに消して真面目な顔で言うが、細いフレームの奥の瞳は悪戯な光を宿している。気の知れた友人同士の軽い遣り取りだった。

 「貴重な時間と言えば・・・この間、舞ちゃんが遊びに来たんだよ。
  けどすぐに帰っちゃってさ〜〜。もったいない、色々話したかったのに。」

 先日のカレー?事件を思い出して早速愚痴る。滅多に会えない、妹のように思っている少女ともっと話がしたかったのだが、滅多にない居候の無駄なやる気のせいで台無しになってしまった。
 あの後、彼女は杏と一緒にファミレスにでも行ったのであろうか。

 「それは残念だったな。杏のやつ、相変わらず容赦がない。」
 「全くだよ。」

 そこで共感する弱気な男二人だ。幼馴染の柚紀は気の強い杏の尻にしかれているし、一郎は惚れた弱味というやつで杏相手に主導権を握ることが少ない。溜息をついてカップのコーヒーを再び揺らすと、そもそもここで愚痴大会をするつもりでは無かったことを思い出した。何か用事があるとかで一郎に呼び出されたのだ。

 「・・・・・それで、なんだよ用事って?」

 問われて一郎はすぐに答えることなく沈黙を返す。どう切り出そうか迷っている風だった。コーヒーのカップを手に相手の言葉を待っていると、ふと友人はカップの中に浮かぶ花びらに目を留めたようだった。

 「風流だな。」
 「だろ?今日は桜が満開から散りかけってところか。一番綺麗な時期だよな。」

 何気ない感想を漏らすと、一郎は何故か顔を顰めた。今の台詞で気分を害するような言葉があったのだろうか。内心首を傾げながら、言葉を続ける。

 「桜と言えば、万葉集では桜の歌が少ないらしいぞ。平安時代の頃から花と言えば桜って言われるようになったらしい。それまで花と言えば梅だったとか。」
 「ああ、そういう説もあるらしいな。だが、歌を詠んで後世に残せるような連中は大体庶民じゃなく貴族だ。その時代の世間一般に梅の花が流行っていたどうかは分からないと思うがな。」
 「そういうもん?」
 「そうだ。」

 花屋の柚紀は花に関する知識には自信があるのだが、見るからに頭脳派の一郎と論戦して勝てる自信はないし、また友人と言い争うつもりは毛頭ない。大人しく自論を引っ込めて「ふーん」と相槌を打つ。
 その様子にスイッチが入ってしまったのか、一郎はすらりと長い足を組み替えて笑みを浮かべた。

 「さっきの話は昔の桜の話だったな。最近の、と言っても明治ぐらいの作品になるが、桜を描いた有名な文学作品があるのは知ってるか?」
 「はぁ?ヒントをくれよ。」





 「 『桜の樹の下には屍体が埋まっている』 」





 穏やかな春風の中、囁かれた不吉な言葉に、柚紀は我知らずそっと身震いした。なぜなんだろう、不意に嫌な予感がよぎる。しかしそれは一瞬のことで、冷たい蟠りはすぐに暖かな陽射しに溶かされて消えた。
 どうということはない、やや人生について斜めに構えている面がある皮肉屋の友人に相応しい作品のチョイスではないか。柚紀は会話の流れに乗るように、自分も少し笑みを浮かべ、話の続きを促した。

 「それって都市伝説じゃないのか?」
 「ちがう。案外知られていないが、梶井基次郎の作品が元になっているらしい。
  なぜ桜がこんなにも美しいのかという疑問に憑りつかれた男が主人公で、
  彼が、桜の樹の下には死体が埋まっているからだという結論を導くまでが書かれている。
  この作品の中では、その一文の印象が強すぎていつの間にか都市伝説に元になってしまったんだろうな。
  桜の樹の下には死体が埋まっている・・・
  男はそれを、渓流の水面を埋め尽くすかげろうの死骸の群れを見て悟ったんだそうだ。
  積み重なった翅が光を反射してきらきらと光っている。
  命を終えたモノの上に成り立つ残酷な美しさ、それが桜の美しさの理由だと。」

 滔々と語る友人の言葉に、考え込む。桜が何故美しいかなんて、考えたことも無かった。それを追求した梶井基次郎の作品なのだろうが、いかんせん、発想が暗すぎる。平穏な生活を営む自分には考え付かないことだ。

 「暗いなあ・・・。せっかくのお話の中くらい明るくいこうぜ。
  桜が綺麗だったら綺麗でいいじゃないか、わざわざそんな陰惨な話と結びつけなくても。」
 「まあ、そうだな。」

 単純な結論で淀みを押し流すと、友人も自論に拘るつもりが無いらしく、苦笑して同意した。

 「それで、用件ってなんだよ?」
 「伝えたいことがあったんだが、わざわざ伝えるようなことでも無かったかもしれない。」
 「はあ?」
 「ところでお前、単位は大丈夫なのか?」

 問われて、柚紀はカップを机の端に置いて自分はテーブルにつっぷした。

 「ああ〜〜〜考えないようにしてたのに!」
 「考えろよ・・・そろそろ締切近いんだぞ。
  しかしそもそも花屋を継ぐなら、別に単位に拘ることはないんじゃないのか?」
 「まだ継ぐって決めてない。」
 「じゃあ就職するのか?就職活動するなら、余計に単位は多めに取っておいたほうがいぞ。面接で講義を受けられないときだってあるんだからな。」

 一郎が淡々と述べながら、柚紀が放り出したシラバスを風に載せてパラパラと捲った。その涼しげな顔を机にへばりついて見上げながら、柚紀は恨みがましく問う。

 「お前はどうなんだよ?」
 「俺はもうとっくに決めている。受講表も提出した。」

 いつもながら如才の無い奴だ。きっと自分が悩んでいる間にもさっさと決めて提出してしまったんだろう。こういうことに限っては決断に悩むということが無さそうだ。

 「いいなあ。」

 ぼんやり呟くと、その内心を読んだらしく一郎が顔を顰めた。

 「優柔不断も一種の才能だな。
  いい加減、その後伸ばしにするところ、改めたほうがいいと思うぞ。」

 一郎の告げた言葉にいくらか思い当る節があったものの、結局「俺もそう思う」と中途半端な笑みでお茶を濁して、その後はどの講義が楽そうか試験が難しそうかなどの単位の話に終始した。
 大学の講義は第一回目の講義を、講義全体の説明や単位修得の条件の提示などにあて、教授によっては一時間も話さずに解散する時もある。一郎と別れた後、昼から講義に出たものの、そんな講義にあたった柚紀はほどなく大学を出て帰路に着くこととなった。
 単位のことや一郎に指摘されたことでもやもやとするものを抱えながら、自宅兼花屋に帰ってくると、店の前に小型トラックが止まっていた。ついでにトラックの前で右往左往する父親と目が合ってしまう。

 「あ、帰ってきたんだ!」

 子供のように目を輝かせて(良い年をした中年の)父親が逃げる間もなく柚紀の肩をがっちりつかむ。父親の後ろには呆れたような顔つきでこちらを見ている居候男の姿もあった。

 「仕入の配達を頼んでみたんだけど、配達が遅れてしまったらしくて、今商品が届いたんだよ。
  帰ってきて疲れてるところ悪いけど、頼むから運び入れるの手伝って〜〜〜!!」

 ここで「大学の受講表を書かなければいけないので今度」と言えれば問題は解決する筈である。だがそんなことは言えないのが柚紀の性で。

 「わーった、分かったよっ!ったく、店番は誰がするんだ。」

 と請け負ってしまうのだ。

 「店番は父親の僕にどーんとお任せあれ!
  商品の運び入れを柚紀君と對駆君によろしく。」

 父親は上機嫌で店の番台に戻って行った。それを見送って溜息を付いて、柚紀は對駆に目くばせしてトラックの荷台に積まれた花に手を掛けた。

 「おい、これ全部店に入るのか?」

 對駆に言われて少し考える。荷台の花は確かに店内に並べるには多すぎる量だ。

 「・・・店の花をいくらか裏に回して場所を作るよ。
  お前はとにかく荷台から花を降ろして店の中に入れてくれ。」
 「了解」

 普段はふざけて柚紀をからかう居候男だが、たまにこうして空気を読んで無駄口を叩かないときがある。黙々と力仕事をこなす對駆は、長身体躯と鋭い顔つきがあいまって素直に恰好が良い。任せて大丈夫そうだと安心した柚紀は、店内に戻って古い花を物色し、適当に選んだ鉢を持って裏口へ向かった。
 両手がふさがった状態で肘をノブに引っ掛けて器用に裏口のドアをするりと開け、裏口に出る。どこに鉢を置こうかと一歩踏み出すと、何かが引っ掛かった感触があった。


 ガシャン!


 派手な音がして左脇から何かが落ちた。ちょうど手に持った花の枝が左へ伸びていて、そこで何か他の鉢の枝と絡まったらしい。
 少し焦りながら左脇を確認すると、エアコンの室外機があった。その上に置いてあった鉢を落としてしまったようだ。ここに置いてあった鉢は・・・そうだ、先日客から押し付けられた桜の盆栽だった。
 落として割っても影響の少なそうな鉢だったことに安堵して、柚紀はひとまず手に持った花をそのままエアコンの室外機の上に置いた。どのみち割ってしまった鉢を片づけなければ、店内の花を移し置くのに支障がでるかもしれない。
 うんざりとした気持ちでスコップとゴミ袋を持ってくると、天地逆さまになった鉢を突いた。ちょうど真っ二つになった素焼きの鉢はスコップでつつくと鉢の中の土と植物の根が露になる。
 絡まった土と植物の根の間に白いものをみて柚紀は眉根を寄せた。
 肥料のパーライトかと一瞬思ったがそれにしては大きい。まるで白い岩の上に花を植えて、その上から土をかぶせたようだ。
 不審に思って柚紀はスコップで土を取り除いた。白い岩には凹凸があって、それに沿うようにスコップを動かす。段々明らかになる白い岩は全体的に丸みを帯びていて、石灰のような色味だ。大きな二つの凹凸を掘り出してその下を引っ掻いたところで手が止まる。
 日の下に曝け出されたそれが何か、柚紀は本能的に理解して、そして直感的に忌避と恐怖を感じて、スコップを手放した。

 「・・・・ひっ!」

 木の根の下から恨めし気に柚紀を見上げるのは、白い、小さな人間の頭蓋骨と思しき代物だった。





======================================================
 ※上記は下書きの一部です。きちんと推敲したものは後程サイトに掲載します。
  本公開した物語はブログから順次降ろしています。
文章 13:03 comments(0) trackbacks(0)
ep.03 花と別れとシダレザクラ 02 (下書き)
JUGEMテーマ:自作小説

02. 花と別れとシダレザクラ


 「というわけで、今日は俺様が夕食を作ってやる。」

 キッチンの前で勇ましく宣言したのは、居候狼こと、對駆だ。
 目つきの悪い黒い男が花柄エプロンを付けて仁王立ちしている様はちょっと異様だが、本人は真剣らしいので、夕食を作ってもらう面々は違和感に突っ込みを入れず、おお〜っと生暖かい拍手をした。
 少し前から訳あって狩野家に居候している男、對駆は超が付くほど面倒くさがりの一面があって、花屋の手伝いはしても、炊事洗濯には全く手を貸さない。無精な父親もあてにはならないので、狩野家の家事は普段、息子の柚紀が一手に引き受けている。
 なので、キッチンにこの居候が立つのは初めてのことだった。
 
 事の起こりは昼間の客にある。
 犬猫を拾った子供がペットショップや動物病院に拾った生き物を連れてくるがごとく、花屋だからと無理やり花の鉢を引き取るように依頼する客が現れた。断るのに四苦八苦していた柚紀を助けるかと思いきや、この居候狼は大好物の肉につられ、客から花の鉢を受け取ってしまったのだ。
 さすがに頭にきた柚紀は、これから暫く肉料理を作らないと宣言した。
 すると罪悪感を感じたのか、それとも単に食い意地にプライドが負けたのか、對駆が「自分が料理する」と言い出したのだ。

 果たしてこいつに料理が作れるのかと訝しみつつも、柚紀は大人しくキッチンを譲り、自分は居間の卓で遊びに来た友人達と世間話に興ずることにした。
 どこかからか材料を買ってきたらしい對駆は、似合わないエプロンを付けて張り切っている。
 その後ろ姿をぼけっと眺めながら、柚紀は遊びに来た友人、幼馴染の杏の話に相槌を打っていた。

「もうすぐ1年よね。」
「・・・・・・・・・・・・・何が?」

 次から次へ肉を鍋に投げ込み続ける居候の動きに気を取られて、聞き洩らしたらしい。
 柚紀は柳眉を逆立てる幼馴染に愛想笑いを浮かべて姿勢を正した。
 その途端、視界の隅で塩を大きなスプーンに山盛りに掬う姿が目に入って、冷や汗を掻く。
 何を作るつもりなんだ、あいつは。

「あんまり聞いてないよね。」
「き、聞いてるよ。1年だろ。」
「そう。あの目つきの悪い男が来てから1年よ。」

 杏が不機嫌そうにつぶやいた。
 どうやら1年とは、キッチンでカレールーと思しき箱を引きちぎっている男の居候期間を指しているらしい。去年の夏に店の前で倒れていた對駆を拾ったときのことを思い出しながら、柚紀は首肯する。

「もうそんなに経つのか。」
「そうよ、そんなに経つのに、あんたあの男に料理の1つも作らせてなかったわけ?
 今日が初めてなんだって!?いったい1年も何やってたのよ。
 居候なんだから、家事くらい手伝わせるのが普通でしょう!!」

 黙って頷きながら、柚紀は思った。
 絶対無理だな。
 あの横柄な居候狼に無理に家事なんぞさせようものなら、文句が100倍になって返ってくるどころか、肉の食費が家計のエンゲル係数を圧迫しかねない。
 しかし、幼馴染とは言え、他人の家の都合など杏には知ったこっちゃない話だ。

「ねえ、そう思うでしょ、舞ちゃん!」
「ん〜〜」

 自論を力説した杏は、居間の絨毯の上で転がって小さな足をぷらぷらさせながら本を読む少女に同意を求めた。狩野家で一時期預かっていた、年の割に大人びた言動をする少女は、気の無い様子で本から目を逸らさずに答えた。

「まい、ご飯作ったことないから分かんな〜い」
「舞ちゃんはいいのよ、作らなくて。こういう面倒なことは男の仕事なんだから。」

 ちなみにこの杏は料理ができない。自信満々に言い放つ彼女にあえて反論せず、柚紀はこっそり溜息をついた。
 キッチンに横目を走らせると、料理人は固形のカレールーのような物体を、割って小さくすることもなく、そのまま丸ごと鍋に放り込むところだった。果たして食べられるができあがるのだろうか。嫌な予感に身を震わせる。
 そんな柚紀を一顧だにせず、杏は今度は少女の方と会話を始めた。
 
「ところで舞ちゃんは何読んでるの?」
「なんか友達から借りた本。」
「面白い?」
「う〜ん。」

 本から目を上げて少女は思案する様子だ。
 面白いなら面白いとはっきり言う性格の子だから、今読んでいる本の内容が分かろうものだ。案の定、舞が口にした本の内容は楽しいとは言い難いものだった。

「微妙かなぁ。今、主人公が友達を殺されたのをやり返しに行ってるところ。」
「うっわ、不毛ね。」
「お友達が良いっていうから借りたけど、読むうちに暗くなってくるの。」

 眉根を寄せて呟く少女に、杏は同情したようだった。少女が友達に借りた本は、基本的にポジティブを信条とする彼女たちにとっては、何が楽しくて読むのか分からない暗い純文学的なジャンルの物語らしい。

「結末はハッピーエンドだといいわね。」
「うん。」

 和やかな会話に終止符を打ったのは、食卓に對駆がどかんと鍋を載せた音だった。
 決して広くて大きいとは言えない狩野家の食卓の上に寸胴の鍋が下敷きも無しに置かれる。テーブルクロスが無ければ卓に鍋の熱で焼き跡が残ったかもしれない。寸胴の鍋の中には正体不明の、なにやらぐらぐらと煮立った液体がたっぷりと入っている。
 謎の液体をお玉で掬って椀に入れ、料理人は偉そうに一同に命令した。

「味見しろ。」

 白い椀の中にのたうつ、赤いのか茶色いのか分からない液体を覗き込んで柚紀と杏は顔を見合わせた。躊躇する年長者を余所に、白くて小さな手がスプーンを持ってお椀に伸びる。真っ先に謎の液体に挑戦した、この居間で一番年若い少女は、ちょっとスプーンを舐めてすぐに口から放した。
 舞が挑戦したものを自分は嫌だとは言えず、柚紀もスプーンを持った。続いて杏も椀の中の液体を掬っている。
 なんともいえない沈黙が居間を満たした。




「・・・・・じょりじょりする。」
「脂っこいわね・・・・。」
「・・・・・辛くて味が分かんない。」
「カレーでもシチューでもない、この未知の味は一体・・・・・・。
 お前、何の料理を作ったんだよ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・?」




 我慢できず、席を立って腕組みして偉そうにしている男に詰め寄った。
 詰め寄られた方はいつも通り涼しい顔だ。

「その辺にあったものを適当に使って、肉を全部入れて煮込んだだけだ。
 そんなに不味かったか?」
「まずかったかじゃねーよ!不味いにも程がある!自分で味見くらいしろよっ!
 ていうか、頼むからレシピくらい見てから作ってくれ!!」
「むう。会心の作だと思ったんだが。」
「はぁ!?」

 言い争う二人を後目に、女性二人は荷物を手に玄関へ向かっている。それに気付いたときには既に遅し。文句を言うのに夢中の柚紀が気付いたときには、杏は舞を連れてさっさと帰るところだった。

「ごめん、あたしたち用事を思い出したから、先に帰るわ。」
「お兄ちゃん、バイバイー」
「ちょっと待ってくれ、まだ―――」

 ばたん。
 呼び止める柚紀を嘲笑するように音を立ててドアが閉められる。その向こうから、遠ざかって行く軽やかな足音と「お姉ちゃんとレストランで美味しいものを食べようね」「わ〜い」なる会話が微かに聞こえた。
 あまりの急展開に、怒る気も萎えて、柚紀は床にへたりこんだ。

「舞ちゃん・・・久しぶりに会ったんだから、色々話をしたかったのに・・・・・。」
「なんだ、まだあのガキの心配をしているのか?相変わらずお節介だな、お前は。」
「お節介ゆうな。」

 へたりこんだ格好で睨んでみても迫力がないらしく、鼻で笑われた。そのまま居候男はエプロンを外して、それを柚紀に放ってくる。

「やはりこの俺様には料理など、か弱い女の仕事は合わないな。お前が作れ。」
「作るって言い出したのは自分の癖に。」

 結局こうなるのかと思いつつも、エプロンを受け取って身に付けた。

「1年か。まだそれだけしか経っていないんだな。」
「さっきの会話を聞いてたのか?」
「ああ。」

 エプロンを手渡した對駆が居間のソファへ歩きながら呟くように言う。
 柚紀は杏たちとの会話を思い出した。

「まだ?あっという間だったと思うけど。」
「そうだな。1年なんて短い時間だというのに、何年も過ごしてきたように感じる。
 これから先も―――――」

 何か言いかけた台詞は途中で遮られた。突然がばっと玄関のドアが開いたからである。
 ついさっき杏たちが出て行ったドアから、今度は中年の細身の男性が紙袋を抱えて現れる。このタイミングで帰ってくる者は一人しかいない。いわずとしれた狩野家の主、花屋の接客がミスだらけでぼんくらと近所で噂の柚紀の父親の檸威(レイ)だ。背景に向日葵でも咲かせそうな能天気な笑顔で、父親は紙袋を掲げる。

「たっだいまぁ〜〜〜〜。これお土産だよ〜〜〜。
 んん?なんか焦げ臭いなぁ〜。どうかしたの〜〜?」

 煎餅と書かれた紙袋を受け取って、柚紀はにっこり得意の天使のスマイルを浮かべた。

「お帰り、父さん。ちょうど夕食の準備ができたところなんだ!」
「お帰りなさい、檸威さん。今日は俺が腕によりを掛けて作ったんですよ。」

 後ろから對駆が胡散臭い笑みを浮かべて柚紀に追随する。
 笑顔の二人の間から見える寸胴鍋を目にした檸威は、何かを察知したのか、能天気な笑顔を引きつらせた。

「え、え、えっとぉ、実はちょっと行くところがあって〜」
「やだなあ、父さん。久しぶりに帰ってきたんだから、ゆっくりしてってくれよ。」
「遠慮しないでください。」
「・・・・・・実は仲良いよね、君達。」

 息子たちに脇を固められ、逃げられないと悟った父親はがっくり肩を落とした。






 
 なんとも説明しがたい味のカレー?を堪能した檸威は、腹をさすりながら廊下に出た。キッチンでは鼻歌をもらしながら息子が皿を洗っているところだ。態度のでかい居候はとうに二階の自分の部屋に上がっている。
 このお腹では動けないので早々に休むことにするかと思案していたところで、ふと気になって裏口のほうを見やる。

「なにか、嫌な感じがするんだよね・・・・・」

 眉をひそめて少々立ち止まったのだが、限界を超えた満腹感と膨張感に、それ以上考えるのがおっくうになった。

「まあいいか、明日にでも」

 身を翻してその場を後にする。
 檸威が気にしていた裏口の外、エアコンの室外機の上に無造作に置かれた鉢植え。
 その垂れ下がった枝から薄桃色の花びらが数枚、はらはらと零れ落ちた。





 
======================================================
 ※上記は下書きの一部です。きちんと推敲したものは後程サイトに掲載します。
  本公開した物語はブログから降ろしています。
文章 20:19 comments(0) trackbacks(0)
ep.03 花と別れとシダレザクラ 01(下書き)
JUGEMテーマ:自作小説

01. 花と別れとシダレザクラ


 見上げれば空はほんのり眩しく、風はそよそよと優しい。
 淡く引き伸ばされた綿雲が時間を掛けて空を横切って行く。
 冬眠から覚めた蛙で無くとも今が何の季節か分かるだろう。

 春だ。

 空を見上げない人々は道を歩いて通りの先で春を探している。とある街の駅前商店街、その外れに位置するこじんまりとした花屋では、空を見ない人々でも春の訪れを見つけられる花々が咲き誇っていた。
 店の表玄関に敷き詰められているのは三色スミレの異名を持つパンジーだ。もとは白と黄色と紫の三色の花なのだが、最近の品種改良でピンクや明るいブルーにフリルのついた花弁の花もあり、三色どころでは無くなっている。背の低いパンジーの間から伸びる真っ直ぐな茎の上に咲いた赤い花はアネモネだろう。一番背の高いのは赤白黄色のチューリップだ。そしてそれらの主役を盛りたてるように、真っ白なノースポールの群れが隙間を埋めている。

 道行く人がつい足を止めてしまう、そんな小さな花屋の店名は「フラワーショップ・カリヤ」。
 
 花につられて店の中を覗き込むと栗色の髪の青年が客と話している。
 穏やかな物腰にすらりとした細身の体格、淡い色の髪と瞳に合う優しげな口元。
 この思わず声を掛けたくなる好青年が、花屋の店員で、店主の息子の狩野柚紀(カリヤユズキ)である。
 花の仕入れと称してしばしば失踪する父親の店主の代わりに店に立つ勤労さに、端正な容姿が目の保養になると、商店街では密かに有名な隠れアイドルだ。ちなみに本人は注目されていることには全く気付いていない。

 幼いころから店番として立ち続けた柚紀は接客のプロで、滅多なことで客ともめたりはしない。
 いつも和やかな会話で客を楽しませているのだが、今日は勝手が違うようだった。
 店の中に立ち込めるいつもと違う雰囲気に道行く人がちらちらと興味深げに花屋を伺っている。中には立ち止まって、店内を透かし見ることのできる分厚いガラスを通して、商品の花々の向こうから凝視している剛の者もいた。

 「・・・えっと、申し訳ないのですが、ちょっと花の引き取りとかできなくてですね・・・。」
 「そこをなんとか」

 眼鏡を掛けた老婦人に拝むようにされて、柚紀は顔を引きつらせた。
 老婦人の後ろには中年の男性が腕組みをして立っている。泣きつく老婦人の後ろから注がれる険しい視線に、珍しく柚紀は気持ちが萎えそうになっていた。

 「うちではお前のとこの花を沢山買ってるんだよ。たまには負けてくれたっていいんじゃないか」

 男性が低い声音で脅すように言ってくる。
 しかし、それを聞いた老婦人はぱっと顔を上げ、男性の脇を突いた。

 「こら、店員さんが困ってるんじゃないの。〜〜すいませんねぇ、ウチの子はどうも強面で。今回はご相談のつもりだったのに、無理を言ってすいません。」
 「いえ・・・」

 謝りながらも、老婦人はレジ前から退こうとしない。
 さきほどからずっとこの調子だ。

 「でも、何とかなりませんかねぇ。頼みますよ。」

 細い声でにじり寄る老婦人。泣き役の老婦人と、脅し役の中年男性、まるで被疑者を前にした警察官の取り調べのように交互に迫ってくる。いかにも善人そうな老婦人だが、ひとりで来店しなかったのは明らかに策略だと柚紀は悟った。
 気が付けばその策略に引っ掛かってなす術がない。
 追い詰められた柚紀はその圧力から逃れようと、レジ台から一歩後ずさった。
 その背中が何か固くて弾力のあるものに「ドン」とぶつかる。

 「った。何やってんだ、お前?」

 振り返ると頭ひとつ分上のところに見慣れた仏頂面がこちらを見下ろしている。
 少し長めの黒髪に鋭い瞳、迫力ある長身の体格のこの男は、フラワーショップ・カリヤのもうひとりの店員で花屋を営む狩野家の居候、對駆(ツガル)だ。どうやらレジ台の後ろの方にある花屋と自宅を繋ぐ裏口から出てきたところ、厄介な客の相手で注意力を欠いていた柚紀がぶつかってしまったらしい。
 整った顔立ちをしているが、不機嫌な表情が多い對駆は、柚紀とは真逆に客を怖がらせることが多い。だが、その特性はこんな場面でこそ役に立つのではないか。というか、こんな時くらい役に立って欲しい。
 面倒くさがりの居候にほとほと頭を痛めている柚紀は大いに期待して相方を見上げた。

 「いらっしゃい。何ですか?」

 デフォルトで剣呑な對駆の視線に晒されて、老婦人は一瞬ひるんだものの、すぐににこやかに話出した。

 「そこの店員さんともお話したのだけれど、実はうちの夫が変な盆栽を貰ってきてね。
  確かに綺麗な桜の盆栽なんだけど、なんでか蝿が寄ってくるのよ。
  蝿ってほら、不衛生でしょう?それさえ何とかすれば置いておいてもいいと思うんだけど。」
 「それで?」
 「花屋さんだったら花のスペシャリストでしょう?ちょっと見て貰いたいのよ。」

 大きな花屋ならいざ知らず、フラワーショップ・カリヤのような小さな花屋では、自前で花を育てて売ったりしない。仕入れてきた花を販売しているだけで、花について一般人よりかは詳しいが、特に育成に関しては専門家と言い難い。
 しかしそのような流通の仕組みなど、目の前の老婦人なら知っていそうなものだ。おそらく無理やり理屈を付けて預からせ、受け取りにこないつもりなのだろう。

 「却下だ。」

 すっぱりと言い放つ對駆に、柚紀は内心快哉をあげた。
 だが断られたにも関わらず老婦人はたおやかな雰囲気を崩さない。
 皺に覆われた口元に浮かんだ狡猾な笑みに柚紀は嫌な予感がした。

 「まあまあ、そんなことを言わないで・・・そうだ、あれを」

 老婦人が目線で合図すると、後ろの中年男性がさっと持っていた紙袋を付きだす。
 紙袋からは何か香ばしい食べ物の匂いが発散された。

 「駅前で揚げたての唐揚げを買ってきたのよ。良かったら召し上がって。」
 「頂きます。」
 「い、頂くなっ!」

 紙袋を押し返そうとするが、腕力とスピードで叶うはずもなく、賄賂として差し出された紙袋は肉が大好物な居候狼の手に渡った。
 すかさず老婦人がにこやかに言う。

 「ごめんなさいね、迷惑をお掛けして申し訳ないけどよろしくお願いします。」
 「よろしく。」

 老婦人が頭を下げ、後ろの中年男性が更にもう1つ重そうな袋をレジ台に置いた。
 おそらくこれが問題の盆栽だろう。
 いつのまにか完全に預かる流れになっている。

 「長居してすいませんでした。ほら、いくわよ。」

 柚紀たちが抵抗する暇を与えないためか、老婦人は素早く身を翻して去って行った。
 その後ろ姿からは自分の正当性を貫いたという自信と、てこでも動かない頑固さが伺えて、引き留めるのが戸惑われた。
 見事なまでの引き際に柚紀は溜息を付くしかない。

 「ちょっと!なんで却下とか言って受け取るんだよっ!」
 「ん?お前も食うか、唐揚げ。」
 「いらないし!」

 早速袋を開けて唐揚げを頬張る對駆に食って掛かった。
 だが好物に夢中な相棒の返事はそっけない。

 「いいじゃないか、綺麗ならその辺に飾ればいいだろう。駄目なら捨てればいい話だ。」
 「時代はエコなんだよっ、捨てるのにもお金が要るんだよ!」
 「そうなのか?」
 「そうなんだよ。ひょっとしたらお前の食べてる唐揚げの倍の値段かかるかもな。」

 そう言うと、唐揚げを頬張ったまま對駆は動揺して視線を彷徨わせた。
 なにやら食べ物のためのお金の計算に悩んでいるらしい相方を後目に、柚紀はレジ台に置き去られた袋から中身を取り出した。
 巻き付けられている包み紙とビニール紐をハサミで切ると、現れたのは一抱えほどの盆栽の鉢植えだった。
 素焼きの鉢は丸みを帯びた形で、ねじくれた小さな幹の上には、整った可愛らしい花が密集して満開になっていた。なるほど、老婦人が綺麗だから置いておいてもよいと言っていたのは嘘ではなかったわけだ。よく見ると、頂点から垂れ下がった枝に花が付いている珍しい姿である。

 「枝垂れ桜の盆栽か。初めて見た。」
 「へえ、良かったな、綺麗で。捨てなくても良さそうだぞ。」
 「馬鹿、蝿が寄ってきたら店におけないだろ。」

 後ろから覗き込んだ對駆が安堵したように言う。多少の罪悪感はあったらしい。
 この鉢は一旦裏口に置いておいて店主である父親と相談しようと考える。
 枝垂れ桜の盆栽を見下ろしながら、柚紀はしかし、考えていることとは別のことを呟いた。

 「・・・とりあえず、暫く肉抜きな。」
 「なんだと!?」
 「自業自得。」

 自分にできる唯一かつささやかな報復方法を思いついてにんまりしていると、對駆が眉根を寄せて思いも寄らぬことを言い返してきた。

 「なら、俺が材料を買ってきて、料理すればいいだけだ。」
 「!できんの?」
 「なめるな。この俺にできないことはない。」

 胸を張る居候をじっと胡乱な瞳で見上げる。
 狩野家の家事を一手に引き受ける青年と、狩野家の家事を主に増やすことが多い居候との間で、視線が交差してなんともいえない緊張が走った。
 カランカラン。
 店の戸が開いて客が入ってくる気配がして、柚紀ははっとした。

 「いらっしゃいませ。おい、これ裏に置いてくるからその間店を頼む。」
 「おう。」

 ひとまず接客は相方に任せることにして、鉢を抱え上げる。その瞬間、やはり桜という可憐な花に似つかわしくない芳香がつんと香った。
 顔をしかめて、柚紀は鉢をなるべく上半身から遠ざけるように持ち直した。




======================================================
 ※上記は下書きの一部です。きちんと推敲したものは後程サイトに掲載します。
  本公開した物語はブログから順次降ろしています。
文章 21:02 comments(0) trackbacks(0)
| 1/1PAGES |